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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)801号 判決

控訴人 吉本五郎右衛門

右訴訟代理人弁護士 馬瀬文夫

同 和田誠一

右訴訟代理人復代理人弁護士 松原正大

被控訴人 大栄興業株式会社

右代表者代表取締役 坂井又太郎

右訴訟代理人弁護士 福岡彰郎

同 木下清一郎

主文

一、原判決を取り消す。

二、債権者(控訴人)債務者(被控訴人)間の大阪地方裁判所昭和三六年(ヨ)第三、一六九号不動産強制管理申請事件について、同裁判所が同年一二月二五日なした仮差押決定および不動産強制管理命令は、金二、〇〇〇、〇〇〇円の追加保証を供託することを条件として、認可する。

債務者(被控訴人)は金一〇、〇〇〇、〇〇〇円の供託により、右仮差押の執行の停止または既になされたその執行処分の取消を求めることができる。

三、第二項につき仮に執行することができる。

四、訴訟費用は第一、二審を通し被控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一、控訴人がその所有の大阪市北区梅田三番地宅地二、一一六坪三合九勺(以下本件土地という。)を被控訴人に対し昭和二一年七月一日以降賃貸中、昭和二五年八月一日以降地代の増額につき紛争を生じ、訴訟の結果昭和三五年一一月二九日大阪地方裁判所昭和三〇年(ワ)第四、二三八号地代支払請求事件の第一審判決において、被控訴人は控訴人に対し昭和二五年八月一日以降同二九年一一月一三日に至るまでの間の延滞地代金として合計金二一、二四四、二七一円およびこれに対する昭和三〇年一一月六日以降支払済まで年六分の割合による金員の支払を命ぜられ、右判決に仮執行の宣言が付せられたが、右仮執行宣言付判決に対する執行停止決定はないこと、控訴人が右判決に基づき昭和三六年四月二八日被控訴人の第三債務者ら(借家人ら)に対して有する家賃金債権に対し差押ならびに取立命令(大阪地方裁判所昭和三六年(ル)第七二二号、同年(ヲ)第七八三号債権差押および取立命令)をえたことは当事者間に争がない。

そうすると、控訴人は本件被保全債権たる延滞地代債権については、前記債務名義を有し、それにつき執行停止命令が発せられておらず、即時無条件に強制執行をすることができる状態にあり、しかも既にその強制執行を開始している場合であるから、さらに本件仮差押の必要はないといわねばならない。控訴人主張のような、前記債権差押取立の執行が事実上不能であること、あるいは、強制管理が唯一の実効性ある債権満足の手段である事情は、いずれも本件仮差押の必要性を理由づけるものではない。

第二、そこで、控訴人が主張する被保全債権である地代相当損害金債権の存否について考察する。

一、控訴人が被控訴人に対し昭和二九年一一月六日到達の書面で、昭和二九年一〇月末日現在の延滞地代合計金二二、六四二、七八一円を右書面到達の日から七日以内に支払うこと、もし、支払わないときは本件賃貸借契約を解除する旨の催告ならびに条件付契約解除の意思表示をしたところ、被控訴人が右催告期間を徒過したことは当事者間に争がない。

二、被控訴人の延滞地代額と催告の適否。

(一)  控訴人が昭和二五年七月地代家賃統制令の改正を機に従前の地代月額一坪当り金二五円を金二〇〇円に増額請求したところ、昭和二六年一一月被控訴人が控訴人を相手方として大阪簡易裁判所に地代確定ならびに分割支払を求める調停(同庁同年新(ユ)第一五八号事件、以下本件調停という。)を申立て、同年一二月五日を初回として前後五八回の期日を重ねたが、昭和二九年一〇月一八日本件調停が不成立となったことは、当事者間に争がなく、控訴人は前記催告金額は本件調停中に別紙第一表記載のとおり当事者間に成立した合意地代額であると主張する。≪証拠省略≫によれば、本件調停の進行中控訴人と被控訴人間に別紙第一表記載のとおり第一期ないし第五期の期間を定めたうえ、各期間の地代を同表のとおり増額することに意見が一致したことが認められる。

しかしながら、前掲≪証拠省略≫によれば、被控訴人は本件地上に一三〇余戸の家屋を所有して他に賃貸し、控訴人に支払うべき地代は右家賃収入に依存していたため、地代が増額される際は改めて借家人との間で家賃の増額を協定し、これを取立てたうえ被控訴人に支払うという実情にあり、したがって、本件調停は控訴人の右地代増額請求に対し地代額の確定とともに、その分割支払の協定を目的として申立てられたもので、右調停手続の進行についても、まず、地代増額の協定を遂げ一応の妥結に達したうえ、次にその支払方法の協議に入ることに調停関係者に了解ができており、右方針に従って調停が続行された結果、前記のように第一期ないし第五期の増額につき意見の一致をみたが、結局その支払方法についての協議がまとまらず調停は不成立となったことが認められる。右に認定した調停申立の趣旨、経過にてらすと、調停進行中になされた前記地代額の協定は、その支払方法についての協定が成立したときに両者を一体として最終的な合意として成立させる趣旨でなされたもの、いいかえれば、地代額の確定とその支払方法両者についての調停が成立するにいたるまでの暫定的経過的な合意にすぎないものであって、その支払方法についての協定の成否にかかわらず、地代額の協定だけを別個独立に確定的なものとして成立させる趣旨のものでないとみるのが相当であるから、本件調停がその支払方法の協定の成立をみないで不調となった以上、右調停中になされた前記地代額の協定は当事者を拘束する法的効力ある合意として成立しなかったというほかない。≪証拠の認否省略≫

(二)  そこで、控訴人主張の増額の意思表示による延滞地代額についてみるに、前掲≪証拠省略≫によると、控訴人は前記のように、昭和二五年七月地代家賃統制令の改正を機に、被控訴人に対し従前の地代月額一坪当り金二五円を以後金二〇〇円に増額する旨意思表示をし、次いで、昭和二六年一一月二六日被控訴人から申立てられた本件調停手続で、右増額請求のあった別紙第四表記載第一期ならびに右調停申立までの間にさらに統制令の改正により増額可能となった同表記載第二期の地代額につき、それぞれ各期首よりの増額請求のあったことを被控訴人において暗黙に承認し、これを前提として当事者間に値上額の確定をめぐって協議を重ねたが、右調停手続が長期間にわたったため、その継続中に統制地代額が同表第三期ないし第六期のとおり順次増額され(別紙第四表記載第一期ないし第六期の各統制地代額が同表記載のとおりであることは当裁判所に顕著である。)また、本件土地の固定資産税課税標準額も逐年改訂引上げられ、その結果控訴人に対し固定資産税の増徴が決定されるという状態であったので、控訴人は右調停手続中前記統制地代の増額のつど前もって被控訴人に対し地代増額の要求を提出し、当事者間にその確定をめぐって協議を続けていたことが認められる。したがって、右認定事実によると、控訴人は本件調停手続の過程で被控訴人に対し本件土地の地代を適正額に増額する旨の意思表示を終始維持継続していたものと認められる。そして、≪証拠省略≫によれば、昭和二五年より同二九年まで毎年一月一日現在で本件土地の固定資産課税標準額が引上げられ、これに伴って順次固定資産税が増徴されたことが認められ、右事実に昭和二五年八月一日以降別紙第四表記載のとおり第一期ないし第六期の各期初日に統制地代額が改訂されたことを総合すると、控訴人の前記増額の意思表示は少くとも右各期初日にその増額事由をそなえていたものと認められ、右増額の意思表示に基づく昭和二五年八月一日から同二九年一〇月末日までの間の適正地代額は、≪証拠省略≫を比照すると、別紙第四表記載の控訴人主張の適正地代額を超えるものと認められるから、本件土地中統制適用部分一、二六〇坪七合三勺、統制撤廃部分八五五坪六合六勺の区分に従い別紙第四表記載の各期間の地代額に従って算出すると、合計金二九、九二二、八一五円であり、したがって右催告当時における被控訴人の延滞地代債務額は右金額より控訴人の自認する内入弁済額九、一二〇、〇〇〇円を控除した合計金二〇、八〇二、八一五円であることが認められる。

(三)  そうすると、控訴人の前記延滞地代の催告額と右認定の延滞地代債務額との差は僅少であるから、右催告は契約解除の前提たる催告として有効といわねばならない。

三、被控訴人は本件契約解除は信義則に違反し無効であると主張するので考察する。

≪証拠省略≫を総合すると、本件契約解除にいたるまでの経緯として次の事実が認められる。

(一)  本件調停は昭和二七年四月頃より地代額につき具体的協議の段階に入りさきに認定した調停の進行方針に従い昭和二八年三月になって、ようやく前記のとおり別紙第一表記載第一期ないし第三期の地代額の協定に到達し、直ちに、その支払方法の協議に移った。当時右協定額によると過去約二年半にわたる被控訴人の延滞地代額は概算一三、五〇〇、〇〇〇円に達しており、控訴人の本件土地に対する固定資産税、延滞加算金も増大する一方であったので、控訴人としては、少くとも統制地代相当額の金員の即時支払を受けなければ被控訴人の支払猶予には応じられない旨主張した。これに対し、被控訴人は借家人との間で家賃値上げの交渉が未了であることを理由に支払条件の提示につき猶予を求めたが、控訴人は被控訴人に対し借家人との間の早期交渉の結了とこれに基づく地代支払条件の提示を要望したけれども、その後被控訴人より具体案の提示がないまま協議は進展せず、次いで、前記のとおり昭和二九年二月に別紙第一表記載第四期の地代額が、さらに同年六月に同第五期の地代額が協定され、以後これら第四期、第五期と既往の第一期ないし第三期分とを合わせて引続き支払方法の協議を重ねたところ、昭和二九年六月に入って被控訴人からようやく支払条件として前記第一期、第二期分を同年九月より三ヶ年月賦、第三、第四期分を右同月より一ヶ年月賦とする具体案が提示された。

(二)  一方、被控訴人は昭和二八年三月以降右調停における地代額の協定に呼応して借家人との間に既往ならびに将来の家賃増額とその支払方法につき交渉をはじめ、同年八月頃には前記第一期ないし第三期に照応する家賃額の値上げが決定し、昭和二九年二月頃に同第四期に照応する家賃額の値上げが決定したが、右増額分の支払方法については前記第三期分が昭和二八年八月より一ヶ年月賦と協定されたほかは、交渉が難渋し、結局昭和二九年六月になって、前記第一期、第二期分は同年九月から三ヶ年月賦、第四期分は右同月から一ヶ年月賦とすることに協定が成立した。

なお、被控訴人はその間昭和二八年四月以降暫定家賃の名目で前記第一期ないし第三期分に照応する家賃増額分を借家人より徴集しており、控訴人は右調停において右徴収金の限度で内金支払を要望した結果、被控訴人は昭和二八年五月二六日右第一期ないし第三期分の内金として金七、〇〇〇、〇〇〇円を同年七月末日に支払を約したが右期日に履行せず、同日さらにこれを同年八月末日に支払う旨の中間調停が成立して右期日後に完済され、他に被控訴人より金二、〇〇〇、〇〇〇円の入金がなされた。

(三)  ところで、控訴人は前記被控訴人より提示された地代分割支払案に対しては当時滞納税金一五、〇〇〇、〇〇〇円の支払を最早延引できない状態に立ちいたったため、これに応じがたい旨主張して被控訴人に再考を促した。なお右調停手続とは別個に昭和二九年二月中旬頃から控訴人と被控訴会社との間に本件地代増額問題を離れて控訴人において被控訴会社を買収する交渉が進められており、控訴人は右会社買収による問題の根本的解決を期待し、これと併行的にその後数回の調停期日を重ねたが、右会社買収交渉も同年八月頃不調に帰し、その後被控訴人の分割支払案はさらに後退を示すにいたった。そこで、控訴人としては即時払もしくは少くともこれに準ずべき抜本的な支払方法以外には同調できない旨主張したため、ついに同年一〇月一八日停調は不調に帰し、次いで、控訴人から前記賃料催告ならびに条件付契約解除の通告がなされるにいたった。≪証拠の認否省略≫

右認定事実によると、本件調停は、当事者間に当初了解された進行方針に従い、まず地代額の協定を遂げ、次にその支払方法の協議に入ったのであるが、地代額の妥結につき長年月を要したため、控訴人としては多額の延滞地代の未収とこれに基因する巨額の滞納税金の負担のため苦境にあったもので、被控訴人と借家人間の家賃値上げ交渉の推移を考慮して妥結ずみの地代の支払時期に猶予を与えていたとしても、右地代支払方法が被控訴人側の家賃取立の結果に当然拘束されるべき筋合のものとはいえないから、その譲歩にはおのずから限度があったというべく、他方、被控訴人は借家人との間の家賃値上げならびにその支払方法交渉が順調に進まなかったとはいえ、一応暫定家賃として増額分の徴集ができたのであるから、被控訴人が右調停の最終段階にいたって提示した地代の長期分割弁済案は、いささか自己の利益を固執するのあまり賃貸人たる控訴人の立場に対する考慮を欠くとの非難を免れない。したがって、控訴人が被控訴人の右分割弁済案を拒否して再考を求め(被控訴人主張のように控訴人が右分割弁済案を九分九厘まで承認していた点の疎明はない)、その譲歩がえられなかったうえに、前記調停外における被控訴会社買収による解決にも望みが絶たれたため最終的には即時払もしくはこれに準ずる早期弁済を要求したことをもって、ただちに、控訴人に信義則違反があると非難するのはあたらない。また、被控訴人が右調停中内入弁済した金九、一二〇、〇〇〇円は一応被控訴人の誠意を認めうるとしても、右のような調停の経過と被控訴人側の財源からみれば控訴人の当然の要求を容れたものとみるべきである。さらに、控訴人が本件土地明渡の意図を実現するため本件調停を故意に不調にさせたとの疎明はないから、右調停で地代支払方法についての協議がまとまらなかった以上、被控訴人としては既に履行期の到来していた前認定の地代額につき遅滞の責を負うのは当然であり、結局控訴人のした本件契約解除に被控訴人主張のような信義則違反は認められないから、右解除は有効である。

四、そうすると、本件土地賃貸借契約は前記催告期間の経過とともに昭和二九年一一月一三日終了したから、同月一四日以降控訴人は被控訴人に対し相当賃料同額の損害賠償債権を有し、右損害金は、昭和二九年一一月一四日から同三六年三月末日までの間地代統制存続地と同撤廃地の区分に従い前認定の適正地代額(別紙第四表第六期の地代額)により算出すると合計七八、〇三六、〇二〇円であることが計算上明らかである。したがって、控訴人主張の被保全債権たる地代相当損害金債権一〇、〇〇〇、〇〇〇円の存在が疎明される。

第三、本件仮差押の必要性について。

控訴人が被控訴人主張のように前記契約解除後損害金債権保全のために債権仮差押手続をしたことは当事者間に争ないが、右仮差押の被保全債権と本件仮差押のそれとが同一であることについての疎明はなく、かえって、前記仮差押の被保全債権の内容ならびに金額からみると本件被保全債権は前認定の損害金債権中既に仮差押手続に及んだ前記合計一二、七〇三、八四九円の被保全債権を除外した残額債権の内金に該当すると認められるから、本件仮差押が二重執行として許されない旨の被控訴人の主張は理由がない。

そして、本件仮差押の必要性については、将来被保全債権の執行に著しい困難を生ずるおそれのある点につき、その疎明は必ずしも十分といえないが、本件仮差押決定で命じた保証額を金三、〇〇〇、〇〇〇円に増額することにより、これを補うに足りると解せられる。

第四、以上判断したところによれば、本件不動産仮差押決定は保証額の増額を条件としてこれを認可すべく、被控訴人の異議申立は理由がない。(なお、本件不動産仮差押決定に表示された被保全債権すなわち、延滞地代債権と地代相当損害金債権につき、控訴人は本件異議訴訟において、右地代相当損害金債権一〇、〇〇〇、〇〇〇円をも被保全債権として主張していることが明らかであって、前記被保全債権に関する主張の変更は請求の基礎に変更ないものとして適法であるから、右被保全債権の存在が認容される以上、原決定を認可すれば足りる。)

よって、これと趣旨を異にする原判決を取り消し、さらに、被控訴人に対し右仮差押解放金額の供託を命ずることとし、民事訴訟法第九六条、第八九条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 熊野啓五郎 判事 斎藤平伍 兼子徹夫)

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